-通時態、共時態-

 今回は、ソシュールが示した言語学の新たな道について説明したいと思います。 

 ソシュールの行った重要な点として、その当時主流であった歴史言語学(比較言語学
以外の言語学の対象を示したということが挙げられます。歴史言語学の目標は、元々は
一つである祖語から、どのようにヨーロッパ各国の言語が分岐していったかを調べると
いうことです。特に、祖語がもつ音がどのように変化して各国の言葉に変化したかを調べる
ことが中心でした。これは、語がどのように変化したか時間性から分析するというもの
です。しかし、ソシュールはこの分析方法は、言語学上重要な2つの軸を一緒くたにして
しまっていると指摘します。

 ではその2つの軸とはなんでしょうか。それは時間軸上に沿って起きる事象と、時間軸
を排除したときの事象です。それぞれ通時態共時態と呼ばれます。

 通時態は、歴史言語学で挙げたような語の変化を考えるものです。例えば、昔の
「おかし」が現在の「おかし(い)」が変化を考えるものです。そして、この変化を
前節で説明したシニフィアンシニフィエの関係で説明すると次のようになります。

 一つの語には、一つのシニフィアンシニフィエの結合が存在しますが、語が変化する
というのは、この語のシニフィアンシニフィエの結合が変わることを指すのです。
つまり、昔の「おかし」が指すシニフィエが、現在の「おかし(い)」の指すシニフィエ
と結合したと言えます。このようにシニフィエシニフィアンの結合の変化を分析するの
が通時態です。

 共時態とは、通時態と異なり語のシニフィエシニフィアンの結合が一定であるときを
分析するものです。これは語と語の関係を分析するものです。例えば、「man」という
語のシニフィエは「一人の男性」ですが、「men」という語の指すシニフィエは「2人
以上の男性」を指します。「man」と「men」の間には、シニフィアンの違いとシニフィエ
の違いがあります。しかしながら、2つの語とも「男性を表現する言葉」として密接に関わ
っていると言えます。

 このような2つの語が関係をもつことをシステムとして考えるために、ソシュールは一つ
の「シニフィエシニフィアンの結合をもつ記号」をと呼びました。そして、項同士が
互い関係で決まる違いを価値と表現しました。つまり、「man」と「men」はそれぞれ一つ
の項であり、2つの「どちらも男性を表現するが異なる」という関係はこれらの項の価値と
言えます。共時態では、項同士の違いがもたらす価値に注目して抽出することが目的とされ
るのです。さらに、この意味でソシュールは言語は価値のシステムだと指摘しました。

 今まで通時態と共時態について示してきましたが、ソシュールはこの2つを同時に調べる
ことは不可能であると指摘しています。その意味で、言語学には2つの種類があるといいます。
通時態を扱うのが動的な言語学であり、共時態は静的な言語学です。特にソシュールは、
静的な言語の分析に興味を持っていました。いままで取り上げてきた、シニフィエや項という
用語はこの静的な言語の分析を行うためだったと言えます。


まとめ
 ここでは、様々な用語を用いて、ソシュールが共時態を研究する静的な言語学を分析する
ことを目的としていたことを明らかにしました。特に、一つ語のシニフィエシニフィアン
の結合は項と呼ばれ、複数の項の関係は価値と呼ばれます。これにより言語は価値のシステム
を持つというのです。

 今回示した静的な言語学の観点から、ソシュールは価値のシステムとしての言語について
いくつかの性質を取り上げています。次章ではその性質について述べることにします。